普通の47歳オジさんのちょっと変わった日常

メイド服キャンディフルーツなどを運営している普通のオジさんが日々、思うことをつづっています。

今日から東京で仕事を再開します

東京で生まれ育ってきたわたくしが、初めて東京を離れて、神戸で半年ほどを過ごしてきました。

 

神戸での半年間は、今までの人生を静かに振り返り過ごすことができました。

また、仕事にも集中して取り組むことができて、自分的にも得る部分がとても多い充実した日々でした。

 

先週末で神戸での住まいを引き払い、今日から東京で仕事を再開します。

 

このブログは、神戸での半年間を記憶に残しておきたい。

という動機で始めたブログなのですが、東京に戻ってからも続けていこうと思います。

 

私の日常って、他人から見るとちょっと変わっているみたいなので、そんな変わった日常を淡々と綴っていきたいと思います。

 

引き続き、宜しくお願いいたします。

明石のタコ

今週、どうしてももう一度、タコが食べなくなって最後の明石に行ってきました。

 

明石に着くとすぐに、 明石焼きやタコの唐揚げを悔いのないほど食べまくって満足してから、ふらふらと港まで歩いていたら、淡路島に行く連絡船が入ってきました。

 


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淡路島って、、、

どこ?

 

と思いつつ、ま、いいか。

と乗っちゃってみました。

 


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明石大橋の真下を通って淡路島に到着。

 


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小1時間ほどぶらぶらして、帰ってきたけど、アテのない旅を楽しんで大満足でした。

 

タコがこれほど思う存分食べられて、もう、明石に思い残すことはないですね。

 

よかった、よかった。

カレー屋さん

神戸での生活も今週いっぱいとなった。

 

神戸の住まいの2,3件隣りにカレー屋があるんだけど、先程お店の前を通った時にも、店主らしき人が店の前で、通行人に

「こんにちは!」とか「お帰りなさい!」

と、元気に声掛けしていた。

 

とても残念なんだけど、彼のカレー屋に人が入っているのを見たことがない。

もちろん私だって一度も入ったことはないし、きっと通行人たちは、カレー屋の店主に挨拶だけされても困惑しているんだと思う。

 

とても不思議に思うのだが、なぜ彼は、いつも店先で元気に挨拶するだけで、チラシを配らないのだろうか?

 

いつも客が入っていないので、どうせ作ったゴハンやカレールウは数日でそのほとんどを捨てているんだと思う。

 

捨てるくらいなら、なぜ彼は

半額チケットを通行人に渡して、

「今なら半額なので、試しに食べてみてくださいね!」

という行動とか、

一杯100円DAYとか作って、毎週月曜日はカレーが10食限定で100円!

とかいう行動がとれないのだろうか。

 

これは予測だけど、彼はそうやってお店の常連客を作っていく手法を、きっと単純に

「知らない」

だけなんだと思う。

 

無知というのは、恐ろしいことだなぁ。

と、屈託のない笑顔で挨拶してくるカレー屋の店主を見て、無言で立ち去る自分。

 

きっとあのカレー屋は、あと半年も持たないだろう。

だって、誰もカレー屋の店主に挨拶してもらうことなんて求めていないからね。

 

そういう挨拶は緑のおばさん(今はいない?)が、やってくれればそれでいいんですよね。

 

入ったことのない店に入ってもらうのには、今後ますます工夫と知恵が必要な時代になってくるんだろうなぁー。

高取山

神戸の単身赴任もいよいよ今週までとなりました。

 

長田に来てから、ずっと気になっていたのが高取山。

 

長田を見下ろすように頂上に神社らしきものが見えてて、

 

東京に帰るまでに登らないとなー

 

と思っていたのですが、遂に登頂しました!

 


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今日を逃したら登れなかったと思うんだよね。

 

これで長田に思い残すことはないですね。

 

よかった、よかった。

伝える、ということについて

最近、

「伝える」

ということについて、色々と思ったので、ここに記しておこうと思います。

 

例えば、違う国や違う言葉で育った人とのコミュニケーションには、誰もが、いつもより時間をかけて言葉や図やジェスチャーを交えながら、詳しく説明していくんだと思う。

 

でも、同じ日本人どおしで、年齢や価値観が似ている人に何かを伝えようと思うと、どうしてもコミュニケーションの甘えが発生してしまうんだと思う。

 

コミュニケーションの甘えの最たるものが、家族とのコミュニケーションだよね。

 

サザエさんのナミヘイさんとフネさんのように、

ナミヘイが「おい」と言っただけで、フネさんは全てを織り込んで、お茶とかお酒とか、ナミヘイの希望するソリューションを瞬時に提供してくれるわけよ。

 

でも、当然だけどさ、そんなことは平成の今となっては完全な幻想。

家族でも有り得ない昭和ノスタルジーイリュージョンなわけです。

 

だけど、私たちはそんなイリュージョンを子供の頃から、サザエさんのナミヘイとフネというマボロシで強力に刷り込まれているので、家族に「おい」と言っただけで、家族である相手が全てを織り込んだ対応をしてくれるのを期待しがちなんですよね。

 

家族だって自分じゃないんだから、そんなに完璧にこちらのニーズに応えられるわけないんだよね。

 

相手に甘えないでしっかり準備して、キチンとこちらの伝達事項を伝えるというのは、かなり難儀な事なんだなぁ、というのを再確認しつつ、それでもしっかり伝えれるよう準備を重ねないとならないんだよなー。

 

みんな、しっかりやってて偉いなぁ。

私も対応しないとなー、と思ってさ。

 

やりきります!

久しぶりのモンブラン

30代の終わり頃、突然、モンブランに狂った時期が数年ほど続いた時があった。

 

その時は、何しろ狂ってるほどモンブランを求めていたので、採れたての和栗を探して長野の山奥まで行ってみたり、話題に上る関東のモンブランを出すパティスリーは一通り制覇して、自分的に一番美味しいのは谷中霊園の入口にある、パティシエ  イナムラショウゾウだ!

という結論が出て、私のモンブランブームは緩やかに終焉していった。

 

私は、この期間のことを

モンブラン第2次マイブーム期間」

と密かに名付けていて、大切な思い出として心の片隅に大事にしまっている。

 

今日、神戸の長田神社まで散歩していたら、その名も

モンブランKOBE」

という店名のケーキ屋が、不覚にも目に入ってきてしまった。

 

1度は店の前を通り過ぎたんだけど、ここ1年ほどモンブランを食べていなかったということもあり、引き返してお店に入って、モンブランをテイクインで食べてしまった。

 


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うん、分かってた。

チェーンのコーヒーショップレベルのモンブランが出てくる、ってのは分かってたよ。

一時、モンブランに狂ってた時があったからって専門家的な発言をするつもりなんてのも、サラサラないしさ。

 

でもさ、やっぱり食べてみないとわからない、ってのもあるじゃないですか。

 

まぁ、初めて来た土地で偶然通りかかった場所で、モンブランが美味しくいただける。。

 

それだけでとっても幸せでラッキーな事じゃないか。

と、自虐的にかすかに微笑んで、自分を優しく慰めながら店を出ました。

 

ハッとしてグゥな出会いってのは、なかなかあるものじゃないよなー、と改めて認識。それだけに、今まで出会った気の合う人たちに感謝する気持ちが湧いてきたよ。

 

なんだろう。

散歩のついでにモンブラン食べただけで、こんなこと思えるんだから、私ってやっぱり幸せなのかもしれないよなぁ・・・

今日は会社のお正月

昨日は年度末の末日でしたね。

個人で言うところの大晦日、会社の大晦日にあたる日ですよね。

私も昨日は期末で、多忙を極めました。

 

昨日が会社の大晦日なら、今日は会社のお正月ということになります。

 

昨年度に作った今期の計画を、どうやって達成していくのか。

 

一年の計は元旦にあり。

 

なんて言いますからね。

想いを巡らすには、大事な日ですよね。

 

そんな今日はキャンフルフォトクラブ撮影会で立川に来ています。

 


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花見を楽しみにしていたのですが、パッとしないお天気で残念。

 

立川は次の週末頃に満開のようです。